アラフィフ女子's diary

玉置浩二、乗馬、ダイエット、仕事、家族の色々

#介護日記 レスパイト入院と生きる意味・・・

先週の火曜日から、母がレスパイト入院をしています。簡単に言えば、病院でのショートステイのようなものです。母は胃瘻をしているため、ショートステイ先がなかなか見つかりません。そこで、代わりに病院が預かってくれることになりました。

 

入院の日、病院に到着すると、母はすぐに各種検査のために連れて行かれ、そのまま病棟へ。私はというと、レスパイトとはいえ入院は入院なので、各種手続きや説明が次々とあり、かなりの時間がかかりました。

 

病棟へ行くと、ナースステーションの横の会議室で、栄養管理士、看護師、口腔ケアの専門家と面談をしていました。

 

その時、「先生!先生!患者さんが掻きむしって血を流しています!」という看護師さんの叫ぶ声が聞こえました。(あ、母親だな)と思ったら、案の定母親でした。母、早速の先制パンチを病院スタッフへ…。

 

 

この日は母の妹、つまり私の叔母も一緒に来てくれました。この病院には1年半ほど前に母の従妹が脳梗塞で植物人間状態で入院していると聞いていたので、叔母もお見舞いに行こうということになりました。

 

病室に入ると、もとの面影はほとんどない従妹がそこに寝ていました。脳梗塞で半身に麻痺があるため、左右の顔が全然違い、目と口を閉じることができないでいました。正直なところ、最初は見ているのが辛い状態でした。しかし、生命維持装置のおかげでちゃんと生きていることを感じられました。

 

脳梗塞直後、医師が従妹の娘さんに治療をするかどうか聞いたそうです。命は助かっても、ほぼ脳死状態だろうと。それでも娘さんは「生きていてもらうこと」を最優先にし、何でもしてほしいとお願いしました。その後も同じような決断を求められたときに、「生きていてくれればいい」とお願いしたそうです。

 

こういった判断は本当に難しいです。親戚の中には「無理やり生かされている、早く楽にしてあげた方が良い」という意見もありますが、家族がどんな状態でも生きていてくれるだけで心の支えになると言うのであれば、それだけで誰かのためになっている。

 

そこはもう家族の問題ですね。

 

年を取ると、否応なしに死について、そして生きることについて考えることが多くなりますね。

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